戦後の科学と技術の研究・開発は目覚ましく、その成果は人類の福祉に大きく貢献してまいりました。ライフサイエンスの分野も例外ではなく、従来の生物学に物理学や化学の理論と手法が導入され、いわゆる分子生物学から遺伝子工学に及ぶ新分野が開けてまいりました。この新しい学問と技術は、生物そして生命に対するわれわれの理解を深める上で画期的であるばかりでなく、その解析力、予測力および応用力において、科学史上まれに見る成果で、いまやライフサイエンスの主流を占めるに至っております。 この新分野の主流となってきましたのは、主として遺伝を担う分子群、つまり核酸と蛋白質であり、これらの分子に関する研究の長足の進歩は、遺伝子や機能蛋白質の人為的操作を可能とする技術を生み出すまでになっております。しかしその一方で、この自然界における生物あるいは生命現象は、そのような新技術を持ってしても到底理解できないほど複雑で多彩なものであるという認識もはっきりしてまいりました。例えば、ヒトの血清蛋白質、酵素、成長因子、リセプター、細胞外マトリックス構築分子など、さまざまな機能を持つ蛋白質の多くは、それぞれ特徴のある糖鎖を結合していること、それら糖鎖の生合成は間接的にしか遺伝子の支配をうけないこと、蛋白質と協調しながらも糖鎖独特の生理機能を営むことなどが次第に明らかになってまいりました。大腸菌からヒトにいたる、すべての生命の本質は共通であるという前提で進んできた分子生物学は、複雑で多彩な生物のもう一つの側面を見ようとする方向に姿勢を変え始めたように思われます。この急進展が予想されるライフサイエンスの新分野では、糖質が主役の有力候補として認識されつつあります。 糖質の研究は古く、19世紀における比較的簡単な単糖、オリゴ糖の研究に始まり、次第に複雑で大きい糖鎖の構造、機能の研究へと進展してまいりました。これに伴って、各種糖質を材料あるいは対象とした医薬、診断薬などの応用面も「コンドロイチン硫酸」や「ヒアルロン酸」の例にみられるように大きな成果をあげるに至っております。しかしながら、糖質、特に複合糖質と総称される物質群は、複雑で多様な糖鎖構造と機能を有するため、生体におけるそれらの役割については、未知の問題が多く、これらを速やかに解明し、生命現象との関係を明らかにすることが緊急の課題となってまいりました。 このような状況から政府においても、糖質に関する研究が国の重要課題に位置づけられ、平成3年度には、科学技術庁を中心として、厚生省、農林水産省および通商産業省の4省庁参加のもとに、糖鎖工学関連プロジェクトがスタートしております。 以上の認識のもとに、広く世界に目を向け、糖質研究就中その独創的基礎研究並びに国際交流等に助成を行い、糖質科学の発展を通して人類福祉に貢献いたしたく、ここに財団法人「水谷糖質科学振興財団」の設立を意図するに至った次第であります。(1992年7月29日 設立許可申請)150設立趣意書
元のページ ../index.html#150